社会福祉法人秋田婦人ホームの歴史は、大正11年1月25日、日本キリスト教婦人矯風会秋田支部が、「日本メソジスト秋田教会(現秋田楢山教会)、中長町教会(現秋田教会)、四丁目教会(現秋田高陽教会)」の婦人会員40名により結成され、初代支部長に早川かいを選任したことに始まる。
翌大正12年9月1日に起こった関東大震災への救援活動に尽力し、その経験が後の廃娼運動につながる。
昭和3年12月21日に廃娼案が県議会を通ると、娼妓たちの中から自由を求め、矯風会秋田支部に救いを求める者が現われる。早川かいは自宅を解放し、彼女たちを保護した。
その働きの中から秋田婦人ホームの設立が起案され、昭和8年11月25日、秋田婦人ホームとして婦人の保護救済教化事業を開始する。
この事業は設立当初より「子供遊園拡張の必要」を掲げ、付属託児所城南園の事業を昭和10年2月1日より開始した。 その後、移転を余儀なくされ、楢山古川新町に移転したのが昭和29年6月16日、以後、時代の変遷の中、各種社会福祉法の公布により、事業の充実をはかって来た。
平成4年4月1日、学童保育「ひばりクラブ」の運営を城南園親の会より法人へ移管され、翌平成5年4月1日、秋田市放課後児童健全育成事業の委託を受け、現在に至る。
(右写真:初代支部長 早川かい)
昭和7年12月27日
大正11年 1月25日 |
日本基督教婦人矯風会秋田支部結成、早川かい支部長となる |
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昭和 3年 8月23日 |
早川かい廃娼運動の口火を切る |
昭和 3年 12月21日 |
廃娼案秋田県議会通過 |
昭和 7年 9月 1日 |
秋田婦人ホーム建設趣意書を公表する |
昭和8年
昭和 8年11月25日 | 秋田婦人ホーム完工、恩賜財団慶福会、秋田県、秋田市の助成金、その他一般有志の寄付金による。婦人の保護救済教化事業開始 |
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昭和10年 1月15日 | 恩賜財団慶福会、秋田県、秋田市の助成金を得て附属託児所城南園落成、2月1日事業開始 |
昭和10年 4月 | 城南園母の会発会 |
昭和10年10月 9日 | 基督教婦人矯風会秋田支部、秋田婦人ホームの経営維持の権限一切を早川かいに移譲する |
昭和9年 クリスマス当夜
昭和11年 6月20日 | 理事会の組織を初めてつくり、日本メソヂスト秋田教会牧師土合竹次郎を理事長に選任する |
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昭和11年 9月25日 | 秋田婦人ホーム、母子ホームを増築、母子22人を受け入れる |
昭和12年 2月25日 | 秋田婦人ホーム財団法人基督教済美会に財産管理を委嘱し、この日登記を完了する |
昭和22年 5月26日 | 秋田婦人ホーム、生活保護法による保護施設となる |
昭和11年4月 第一期生
昭和23年 5月 1日 | 城南園、児童福祉施設保育所として認可される、定員80名 |
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昭和24年 7月18日 | 理事会、早川かいを第2代理事長に選任 |
昭和25年 1月 1日 | 秋田婦人ホーム、児童福祉法に基づく児童福祉施設母子寮として認可される |
昭和26年 5月20日 | 生活保護法により、秋田婦人ホーム保護施設の設置を認可され、定員30名 |
昭和26年 1月 1日 | 県費補助金の交付を受けて増改築する |
昭和26年12月19日 | 児童福祉施設母子寮の廃止承認される |
昭和27年 5月17日 | 秋田婦人ホーム社会福祉法人の設立を認可される |
昭和27年 7月15日 | 城南園、第一回全国保育事業大会にて優良保育所として厚生大臣より表彰される |
昭和29年
昭和28年 4月 1日 | 城南園、増築し定員100名とする |
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昭和29年 6月16日 | 秋田婦人ホーム及び城南園、楢山古川新町41の2番地に移転する |
昭和30年 7月 1日 | 城南園、増築し、定員130名とする |
昭和32年 9月 3日 | 秋田県の要請により売春防止法にともなう婦人相談所の一時保護所の委託を受けることを決定する、1年間に10人受入れ以後は秋田県が直接運営した |
昭和38年 森林トロッコ
昭和33年 5月16日 | 生活保護法による保護施設を改め児童福祉法による母子寮として認可される。定員17世帯。 |
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昭和35年 4月 1日 | 城南園、増改築し、定員140名とする |
昭和37年 4月 | 母の会の募金により図書室建設なる |
昭和38年 4月 1日 | 城南園母の会による学童保育(ひばりクラブ)開始 |
昭和40年 9月26日 | 秋田婦人ホーム増改築し、定員20世帯となる |
昭和42年12月 | 秋田千秋ライオンズクラブより、母の会の地域活動に対し、児童室(ひばりクラブ)の贈呈をうける |
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昭和44年 6月 | 基督教婦人矯風会秋田支部長早川園子を第3代理事長に選任 |
昭和46年12月26日 | 早川かい記念室完工 |
昭和47年 6月16日 | 早川かい記念室落成感謝会開催 |
昭和50年 火の柱
昭和50年11月25日 | 秋田婦人ホーム40年のあゆみ『火の柱』発行 |
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昭和54年 7月10日 | 理事長早川園子辞し、三浦三郎を第4代理事長に選任 |
昭和56年 4月 1日 | 城南園、定員120名となす |
昭和60年 4月 1日 | 城南園、定員90名となし、1歳児より保育する |
昭和60年 9月28日 | 城南園、母の会50年の歩み『子らと共に』発行 |
子らと共に
昭和60年10月23日 | 秋田婦人ホーム後援会発足 |
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昭和62年 3月11日 | 秋田婦人ホーム、全面改築鉄筋コンクリート造三階建竣工。定員20世帯 |
昭和63年 4月 1日 | 城南園、定員60名となし、0歳児(産休明け)より保育する |
昭和63年12月20日 | 城南園敷地として159.76㎡を取得し、登記する |
平成 2年 1月31日 | 城南園、全面改築木造平屋建竣工。定員60名 |
じょうなんえん
平成 2年 3月23日 | 城南園、改築記念集『じょうなんえん』発行 |
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平成 3年 4月 1日 | 城南園母の会を「城南園親の会」へ名称変更 |
平成 3年 4月 1日 | 秋田婦人ホーム、父子家庭等夜間養護事業(トワイライトスティ)開始 |
平成 4年 4月 1日 | ひばりクラブの運営を城南園親の会より法人へ移管 |
平成 5年 4月 1日 | 城南園、秋田市より委託の一時的保育事業開始 |
平成5年 火の柱
平成 5年 4月 1日 | 城南園、午後7時までの延長保育(午前7時30分開所) |
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平成 5年 4月 1日 | ひばりクラブ、秋田市放課後児童健全育成事業の委託を受ける |
平成 5年 6月19日 | 40年誌『火の柱』再刊。60周年記念 |
平成 5年 7月10日 | 理事長三浦三郎辞し、早川堯子を第5代理事長に選任 |
平成10年 4月 1日 | 早川正明を第6代理事長に選任 |
平成10年 4月 1日 | 秋田婦人ホーム、児童福祉法の改正により母子生活支援施設となる |
平成12年 4月 1日 | 秋田婦人ホーム、緊急一時保護事業開始 |
平成12年11月17日 | 秋田婦人ホーム、浴室移設工事完成、前浴室を一時保護専用室に改築 |
平成15年 火の柱
平成13年 4月 1日 | 苦情解決委員会設置 |
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平成14年 4月 1日 | ひばりクラブ、築山児童センターへ移転。定員55名 |
平成15年10月21日 | 40年誌『火の柱』再々刊。70周年記念 |
平成16年 6月 1日 | 評議員会設置、21名 |
平成21年 3月31日 | 城南園親の会解散 |
平成22年 5月31日 | 秋田婦人ホーム、城南園面前に、秋田環状線開通し、外構工事を行う |
平成25年10月23日 | 川島隆一を第7代理事長に選任 |
平成26年 3月20日 | 法人の「理念」と「基本方針」を成文化する |
平成28年 3月25日 | 雲然俊美を第8代理事長に選任 |